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2017年10月

2017年10月30日 (月)

■「世界は一つ 東京2020オリンピク」 開幕まであと1000日

~五輪の行進ギリシャから開催国の日本までアルファベット順に国・地域の旗~

Photo_5◆2020年東京五輪は28日、開幕まで1000日を祝って毎日新聞社は記念行事「国旗デコレション」を東京本社パレスサイドビルの壁面にIOCに加盟する206カ国・地域の旗を28日に装飾した。色鮮やかな旗に平和の祭典を願いを込めて飾られた。

◆その風景を写真に収めて、10月14日から11月3日まで〈シネマヴェーラ渋谷〉で開催されている『新東宝70周年記念特集Ⅱ』に出かけた。

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■トークショー付き上映 ゲスト星輝美

~新東宝70周年記念特集Ⅱ10月28日『少女妻 恐るべき十六歳』 ゲスト星輝美~

Photo◆新東宝大蔵貢社長時代にスカウトされ、大蔵貢社長に芸名を頂いたという星輝美さんがゲスト。渡辺祐介監督デビューの脚本オリジナル作品。1960年の作品。ヒロイン星輝美さんが輝く一本。

◆物語はなぜか組織に殺し屋で雇われた天知茂が“ハジキのブラック”宇津井健との対決で倒れるという新東宝調の玉石混淆のデイープ映画。

◆無名時代の菅原文太さんとの恋仲を披露。段々親父的言動が嫌になりつつある頃、現在のご主人に相談したところ「私に譲って下さい」の手紙を書いていただいという。そのご主人もプレーボーイで横浜・第三国道上でナンパされたと、なり染めをせきららにインタービュー下村健さんに告白していた。好感が持てた。

Photo_3◆明日10月29日(日)江東区民合唱祭(第55回)でステージに立つ。⓵二つのナポリターナと②ゴットファーザー・愛のテーマの二曲を歌う。ゴットファーザーでサングラスを使う。サングラスは新東宝の映画に多いチンピラ描写に必須である。さて、どんな舞台になるだろうか。楽しみである。

右:ゲスト星輝美さんと下村健さん

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2017年10月22日 (日)

■「中川信夫監督を偲ぶ集い」上映作品『悲しみはいつも母に』

~羽仁進監督『不良少年』出演した山田幸雄君の仲間・伊藤正幸君のその後~

◆「酒豆忌」で上映でされた中川信夫監督『悲しみはいつも母に』に羽仁進監督の『不良少年』に出演していた伊藤正幸君から電話があり、今年6月に本人と逢ったという。古い同窓会名簿を探しての再会である。その10日後に電話をしたら亡くなっていたという。友人・西尾文一氏がエピソードを聴かせてくれた。

◆9月30日の「酒豆忌」の長谷川康志さんの『悲しみはいつも母に』の上映資料に記述された中川信夫監督『悲しみはいつも母に』と羽仁進監督『不良少年』との二つの製作経緯からのエピソードである。

_0◆父・林寛(はやし・ひろし)のウィキペデイアに中川信夫監督『悲しみはいつも母に』 が載っていることは知っていたが、タイトルのみで映画の内容は分からなかった。今日(9月30日)、渡された資料を見ての上映作品に出演していることを知った。

◆ドヤ街の高利貸しを営む役(黒沼)で主演・望月優子(尾崎フミ)に襲いかかる役とは恐れ入った。不良仲間 に金目当てに襲わられて殺された。

◆中川信夫監督の息子さんに中川信夫監督と父とは同じ京都生まれ、明治38年同年の生まれでした。同郷のよしみで多くの作品にご一緒させて頂きましたと感謝の念をお伝えした。

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■活動弁士ハルキさんの『番場の忠太郎 瞼の母』を観る

~花畑記念庭園・桜花亭 主催「無声映画の楽しみ」~

Photo■足立区にある花畑記念庭園・桜花亭で活動弁士・ハルキさんによる無声映画『番場の忠太郎 瞼の母』を足立区に住まいの友人を誘って一緒に観た。長谷川伸による同名戯曲の最初の映画化で『無法松の一生』で知られる稲垣浩が監督、主演:片岡千恵蔵・山田五十鈴の1931年の作品である。

■忠太郎が五歳の時、生き別れの母親を江戸に探し行く。柳橋の料亭「水熊」の女将と娘(山田五十鈴)に逢う。様々な人物が登場する人間を七色以上の声で演じ分けるハルキさんの演技に感嘆。

■終演時、ご挨拶に声を掛けて頂いたハルキさんに大学時代の友人・五島君を紹介。出口でマツダ映画社でご主人の松田さんにお会いした。

■今年「第10回江東シネマフェティバル」自主制作映画上映会《みんなのロードショー》で審査員推薦映画に選ばれた幸田雄二監督の『まっぴる間、一杯 に五島君と一緒に出演したDVDを進呈した。ハルキさんとご一緒に観て頂けたら幸です。

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2017年10月18日 (水)

■池井戸 潤原作「陸王」(TBS 日 午後9時)を観る!

~創業100年超の足袋製造業「こはぜ屋」を再生する物語~

Photo_2 ◆経営危機の老舗足袋業者「こはぜ屋」がランニングシュ-ズの開発に取り組む企業再生の物語に感動した。年々先細る足袋の需要から資金繰りに頭を悩ませていた四代目社長・宮沢紘一(役所広司)。ある日、メインバンクの埼玉中央銀行の融資担当坂本(風間俊介)から新規事業の提案をさえる。これまで培った足袋製造の技術を活かした❝裸足感覚❞のランニングシューズの開発だった。

◆従業員の徹夜仕事の試作品造りが何日も続く、初代社長も同じ発想で開発し失敗している同じ姿を見ている番頭さんは絶対反対の立場。斜陽企業の長男・宮沢大地(山崎賢人)は就職先を探して何度も受けるが採用されずに悩んでいる。社長に共鳴する正岡あけみ(阿川佐知子)も残業手当も付かない徹夜仕事に従業員の批判を受ける。

◆棚の奥から従業員が初代社長が夢見たランニングシューズの創作品を見つけた。「陸王」の商標が付けていた。四代目社長は最後の試作品に「陸王」と付けた。初回視聴率は14.7%の好発進であった。期待したい。

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2017年10月16日 (月)

■術後経過は順調です。でも徹底的に検査しましょう。

~昭和大学江東豊洲病院のアフターケアに感謝します~

◆「ステント留置」術後の経過は「良好」であった。なぜ「足が重い」のでしょうか。主治医神谷先生に原因を尋ねると、ついでに❝徹底的に検査しましょう❞と言っていただいた。来年3月7日(検査)と9日(問診)の予定を確保して頂いた。

◆脳梗塞の最新治療について「週間ポスト」(2016年12月16日号)が特集している。日本脳神経血管内治療学会が全国150医療機関の施設に対してアンケートを行い「専門医配置マップ」を作成した。最新の『血管内治療』ができる専門医の配置は全国的には「地域差」があるという。全国に1,100人の専門医しかいない。「江東区」にはわずか二人の専門医しかいない。

◆私が昨年2016年2月と3月に昭和大学江東豊洲病院で『血管内治療』を担当して頂いた主治医神谷先生は江東区二人の内の一人であった。「血管内治療」は8時間以内に行わないと効果がないという。「いつの間にか脳梗塞」で早期発見で軽症で助かった。

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2017年10月15日 (日)

■新東宝のもっとデイープな世界の第二弾を観る!

~新東宝70周年記念特集、シネマヴエーラ(渋谷円山町)~

◆続けて二本立て映画「汚れた肉体聖女」「胎動期 私たちは天使じゃない」を観る。

Photo_9Photo_8◆滅多にご自分の映画見ない矢代京子さんが前列の席に座り観覧していた。土居通芳監督の1958年の映画。先の対談で話していた「汚れた肉体聖女」のダークなタイトルもご本人には困惑する題名と思うが、大勢の修道女姿の中でご本人を識別することは私にはできなかった。高倉みゆきと大空眞弓との禁断の同姓愛の世界に起きる殺人事件の急展開には驚かされた。

◆次の「胎動期 私たちは天使じゃない」はナイチンゲール精神で教育で育てられた看護婦の矛盾を突いた新藤兼人監督の1961年の作品。強制収容所のような寄宿舎で白衣の天使の反抗物語。現在の寄宿舎制はどうなっているのだろうか。

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■新東宝『九十九本目の生娘』を観る

~日本刀の源流として古代から伝えられている「もぐさ神社」(岩手一関市)の伝説~

◆岩手県一関市にある「もぐさ神社」に伝わる古代の刀鍛冶村の伝説の物語。リアルな怖い話である。この映画の上映後に出演する矢代京子さんと下村健さんとの対話で分かったことだが、水車に張り付けられた矢代京子さんの写真は上映の中にはなかった場面。宣伝用に用意されたものとのこと。縛られたところがとても痛かったことを覚えているという。
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↑伝説を伝える岩手県一関市の「もぐさ神社」

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◆矢代京子さんと下村健さんとの対談。矢代さんは第五期生で入社。エログロ映画で有名な大蔵貢社長の時代に育った人。他社の女優さんと並んで自分の出演映画のタイトルをいうのに困惑したという。でも本人はいまでも新鮮さを残しているカワイイ人。❝新東宝は家族性の富んだ撮影所が懐かしい。楽しい青春時代をおくらせていただきました。でも出演者で残っている人はもう私ひとり❞。エピソードを語るのに今日も見に来ているスタッフにも気を使って口こもるところ見られたが、面白い対談でした。下村さんご苦労さまでした。

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2017年10月11日 (水)

■2017年墓参いりをやっと済ますことができました。

~バリアフリーコースを選んだら階段より辛かった~

◆墓参りにしばらく行ってなかった。10月8日(日)出かけた。墓参いり日和だった。東京駅から行けば「高尾」快速直行で行けたのに有楽町線に乗って中央線「市ガ谷」で乗り換えたものだから9時スタートが11時半に「高尾」に着いた。女房がお腹すいたというので駅前のそば屋さんに立ち寄った。「連休日なので席はお詰め下さい」の店頭表示があり、高尾山登山客もあってお店は大忙しい。さすが「八王子」は蕎麦処、腰のある美味しいお蕎麦だった。冷えた水も美味しいかった。

◆隣でお花とお線香をかった。女房がろうそくはありますか?と聴いたら、ろうそくは今は使えませんと言われた。田舎の墓まりの習慣で聴いていた。正門前行きのバスに乗った。「Suica」が使えた。表示で「13区」を確認した。「11区」の間違いと気がついた。お墓を間違えるようでは困ったものだ。

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◆父と母が埋葬されている。父は私が31歳の時に死亡。60歳頃から北方領土返還をテーマに公演の準備をしていた。亡くなる1971年12月22日(土)の4日前まで池袋公会堂で自主企画『霧の中』(演出・阿木翁助、主演・永井柳太郎)公演をしていた。母は平成8年(1996)に91歳で亡くなっている。1965年協議離婚して旧姓・竹田モトに戻っているが、稲垣モトの旧姓で一緒に埋葬している。訪問ヘルパーさんにアルバムを見せながら父との関係を自慢げに語っていた。

◆帰りに階段を避けて「バリアフリーコース」の坂道を登ったらかえって辛かった。お盆やお彼岸に来たときは園内バスが運行されていた。タクシーも利用できなかった。広い敷地内を正面口まで着くまで術後の徒歩はつらい。通常も園内バスを走らせていただかないと来年は彼岸期間しか来れない。私だけでなく墓参りに来る敬老者たちは同じような気持ちではないだろうか。

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