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2018年3月

2018年3月30日 (金)

■久松静児監督『神阪四郎の犯罪』の子役「二木まこと」は弟さん

~3月30日二木てるみさんに聞く~「二木まこと」は「弟」です~

今日、渋谷区文化センター大和田伝承ホールで『Dear’あなたへ読む物語vol.10 ~最終章~』の公演があった。❛最終章❜と、うたった出演:二木てるみ(朗読)・飯田俊明(音楽)、原作/山本周五郎「赤ひげ診療譚」(演出/森田倫代)を観た。彼女自身の公演が目的であったが、もうひとつの目的があった。

今月(2018.3.13)、昭和31年(1956)の日活作品を観た。久松静児監督『神阪四郎の犯罪』(原作:石川達三)出演:森繁久彌/左幸子/新珠三千代/二木まこと/轟夕起子/高田敏江/滝沢修/清水政夫/深見泰三/金子信雄
物語は現代版『羅生門』という難解なストリーだが、新珠三千代さんの子供で二木てるみさんとそっくりの子役が目についた。出演に二木まことの名があった。

公演修了後、二木てるみ著書サイン時にご本人に『神阪四郎の犯罪』を見せて確認したら『弟です』と言われた。

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2018年3月29日 (木)

■昭大豊洲江東病院で「卒業です」と言われた。

~「足の鉛のように重い」の原因は「血圧脈波」(ABI)も正常でした~

二年前昭和大江東病院で「左頸動脈狭窄」の治療した。術後、半年単位で検査した。「頸動脈」の術後は順調であった。今回「綺麗です。卒業です」と言われた。「足が鉛のように重い」症状はと「問う」ていた。❝下肢動脈の狭窄や閉塞の評価や動脈血管の硬さを評価する検査、両足両手の血圧と心電図、心音を同時に測定する目的で『血圧脈波』(ABI)が行われた。❞何か「異常ある」のではないかと期待していた。検査結果は「異状なし」であった。「足が鉛のように重い」症状の原因はつかめないらしい。「かかりつけ医」に戻された。先生にはまだ報告していない。

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■牡丹町の桜並木

~前川製作所前の桜並木~

G2008_20100329_160352_640x480_2👈2010年度グッドデザイン賞受賞時の桜並木

◆現在2018.3.24の前川製作所・本社ビル前の桜並木と2010年度グッドデザイン賞受賞時の桜並木の比較すると、2018年の桜並木の方が2010年より豊かな枝ぶりである。壁面総ガラス張りの光が影響している。それは隣のビルの桜の開花状況を見ても明らかである。水辺空間と建築物との一体化した緑・水・風の新しい風景を創出し、深川地域の活性化を担っている。

現在2018.3.24の本社ビルの桜並木

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2018年3月26日 (月)

江東シネマプラザ3月「愛と死の記録」

~吉永小百合さんの「原爆詩の朗読会」のきっかけになった広島・長期ロケ~

Photo蔵原惟繕(くらはらこれよし)は1927年5月31日~2002年12月28日(75歳没)、日本大学芸術学部映画科出身。在学中に本多猪四郎の紹介で山本嘉次郎の家に書生として住み込む。大学卒業と同時に松竹京都撮影所に入社し助監督となる。1954年日活に移り、1957年、石原裕次郎主演の『俺は待っているぜ』で監督デビュー。大胆なカメラアングルとカメラワークで注目を浴びる。以後、石原裕次郎、浅丘ルリ子の主演作を数多く撮る。『愛と死の記録』(1966年)は15作目。

『愛と死の記録』は吉永・浜田コンビの配役で決定していた。しかし浜田の身に災難がふりかかった。仕事終わりに飲んでいた浜田の眼球に酔った客が振り回した空き瓶のガラスの破片が直撃。その代役に渡哲也に白羽の矢が立った。原爆ドームで長期に撮影している内に吉永はぐんぐんと主人公「和江」に入り込んでいった。吉永さんの平和活動の一環として行われている「原爆詞の朗読会」のきっかけになったようだ。

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2018年3月 1日 (木)

■東日本大震災7年、子育て世代戻らず

~避難4町村地元通学就学率3.7%~

2011年3月11日の福島第一原発電所事故による、放射性物質の拡散は各地に広がった。東京電力福島第一原発事故で4月に地元で学校を再開させる福島県内4町村で地元公立小中学校に通う生徒が就学対象者の3.7%にとどまった。

福島・避難4町村への就学率   

避難指示 就学対象者 就学者 就学率
浪江町        1440         10        0.7
富岡町        1204         16        1.3
飯舘村          482         75      15.6
葛尾村           83          18      21.7
    計          3,209       119        3.7

東日本大震災7年の避難生活の長期化で学校や職場などの生活基盤が避難先に移ったことが主な理由。子育て世代を中心に帰還は進んでない。解除区域の居住率は2割弱で約過半数を高齢者が占めている。   

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