1961年8月に倒産した新東宝の最後の作品。出来たとき上映ルートがなく、大映系で公開された。生まれが明治38年(1905年)で京都ということだろうか、父は中川信夫監督の映画によく起用されていた。特に新東宝後半の中川怪談映画にはほとんど出演している。1957年にヒットした『明治天皇と日露大戦争』の翌年、中川信夫監督『亡霊怪猫屋敷』出演したことで乃木(林寛)さんがお化け映画に出演と、話題になった。さらに翌々年1959年の『東海道四谷怪談』は怪談映画の傑作と話題になり、中川信夫は怪談映画の名手として知られるようになった。小津安二郎に強い影響を受け、『東海道四谷怪談』ではローポジションからのワンシーン・ワンカット撮影のために新たな車両機材を作らせたという。下駄履きで腰に手ぬぐい、登山帽がトレードマークだった。