小津安二郎の会を立ち上げた長谷川武雄先生が五十五年前の昭和三十四年十月一日発行の『週刊明星』特大号に父・林寛の記事を発見したと送付してくれた。(平成27年7月30日付)
父が五十六歳の時に『明治大帝と乃木将軍』で主演で抜擢されたときのインタービュー記事である。18歳の時に石井獏の東京オペラ座に入ってから38年目に主役にめぐってきた、生まれてはじめての主役である。コーラス・ボーイでスタートした寛は、20歳でグループの少女と同棲、やがて胸を病んで倒れた愛人のために、キャバレーのトロンボーン吹きになって看護した。彼女が死んでからは、ロッパ一座、関西新派、はてはドサ回り劇団を転々…とある。死んだ彼女との間に子供がいたこと後で知った。三人の写真が母のアルバムにあった。