蓬莱橋(ほうらいばし)は現在の巴橋(ともえばし)が昭和4年(1929)に竣工されるまで架かっていた。寛延3年(1750年)、明治10年(1877年)10月、明治31年(1898年)7月に架け替えたと記されている。(出典:石川悌二著「東京の橋」)徐福伝説に纏わる「不老不死」「富士信仰」に絡んでの「蓬莱」という言葉である。
紀元前219年、秦の始皇帝の時代に童男童女500人を含めた総勢3000人の集団が不老不死の仙薬を求めて中国大陸から「徐福」率いる一団が東方の桃源郷日本へ旅立ったという「徐福伝説」がある。
江戸時代は幕府によってお城を中心に運河が計画的に縦横に張り巡されていた。運河は人々の移動も含めて重要な交通と物流システムであった。
この絵図は富岡八幡前に架かる「蓬莱橋」である。橋の袂に「入江」を設けている。2009年度江東区環境講座「街と環境」修了式に私が発表した「川の駅」構想そのものである。鎮守の森を配した江戸の街並木がテーマである。江東区の新しい街づくりに改めて提案したい。