江戸絵図(1850年)【深川之内小名木川ヨリ南之方一圓】によると、【冨ケ八幡宮】を囲んだ内堀で囲まれていた。その堀と永代通りを挟んだ大横川(当時は大島川と言っていた)とは繋がっていて、その袂に【蓬莱橋】が架かっていた様子が分かる。寛政三年(1791)に江戸湾を襲った津波は【入船町】まで押し寄せていた。現在の【平久橋】脇に【波除碑】がたっている。『遊暦雑記』には【波除碑】が二つ建てられて、その一つがここにあることを明記している。絵図はその後の地勢を反映している。【深川文右エ門町一丁目二丁目】三百余軒の被害地の幕府による買上の【明地】であることを絵図に明記している。【蓬莱橋】は現在の【巴橋】(1929年昭和4年竣工)に取って代わり、その由来の碑が橋の袂にある2008年竣工となった前川製作所・本社ビル(2010年グッドデザイン賞受賞)の敷地内にある。【波除碑】の警句に従い、前川製作所・新社屋の心臓部となる電気設備は建物3階に設けられている。前川製作所は創立者前川喜作(1895年~1986年)によって1924年(大正14年)に同地(佃町)に設立された。2014年に創立90周年を迎える。